サヨナラ田中康夫!

 今回の田中の敗戦は非常に示唆に富むものだった。彼は今後主流となるであろうポピュリストの終わり方の一つを示した。
 田中康夫は同じ作家出身の石原慎太郎とともにもっとも有名なポピュリストだった。確かに左よりか右よりかで差はあるにせよ、一貫した思想をもたず、メディアを騒がせることで民の支持を得てきた。 
 もちろん彼の敗戦をもってメディア政治が終わったと言う気は全くない。ポピュリストにも終わりがあることを言いたいのだ。確かに両者が作家であることからわかるようにかなりの才能がなきゃポピュリストにはなれないだろう。
 民の人気を維持するためには普通の人をサプライズして注目を集め続けなければならない。舞台上のパフォーマンスは常に読者を沸かせようとしてきた作家の方が官僚出身者などより圧倒的に得意だろう。
 しかし逆にいえばその成功は特定集団や政策の方向性ではなく、パフォーマンスそのものに依存してるということ。それがつまんないと思われたら終わりだ。あきられたら終わりなのだ。

安倍晋三 美しい国へ

美しい国へ (文春新書)

美しい国へ (文春新書)

 この人をおいて首相にふさわしい人はいない、そう感じさせる本だった。やっぱ周りの声を汲み取るのがうまいんだな。「開かれた保守」として、コンサバな人をくすぐる内容なのは当然として、意外にもリベラル派への配慮もされていた。みずからと対立する思想を超福祉主義と位置付けて、「小さな国家」路線を進めるとともに一定の福祉の可能性を残している。
 後半ではしきりに「結果の平等」は悪とみなしつつ、「機会の平等」がなくてはならないことを説く。格差はいいが格差の固定はよくないというわけだ。
 まぁ小さな国家路線では結果の不平等はかなりの確率で機会の不平等をもたらすんだけどね。そこで確か(立ち読みなんで;))彼は教育のバウチャー制の導入とかを提唱してたな。要するにクーポンを配って貧乏な子でもちゃんとした教育が受けらるようにする。
 あと、「駄目な教師には辞めていただく」とか書いてあったな。これってちょっと昔のリベラル系論者、宮台真司とかのパクリじゃん(爆)。
 さらに後ろの方には恒例の「再チャレンジ!!」が。
 次回はこの政策のバカらしさと彼のセレブっぷりについて深く掘り下げようと思う。(つつぐ)

最低限の誇り

id:nami-a:20060803
 驚きというか思っていた通りだ。中国で首相の靖国参拝に反対するのは約8割だが、そのうち分祀すればOKというのはたった30パーセントしかいない。
これに対して

あのね、一定の理解を得る可能性じゃ困るんですよ、ったく

ときたものだ。いったいどれだけの理解を得れば気が済むのだろう。そんなに中国に媚びたいのか。
 確かに中国との関係は悪くなるかもしれない。が、首相も日本という民主主義国家の国民の一員である以上、憲法で指定された信教の自由がある。中国は民主主義国家でないのだからこんな簡単なことが解らなくともしょうがない。民主主義国家が非民主主義国家に合わせるというならそれは退化だ。むしろ向こうがこちら側へ進化すべきはずだ。日本を中国に合わせるなら民主主義国家としての最低限の尊厳を失うことになる。
 だいたいにしてこれは内政問題でもあるのだから文句いいたいのなら然るべき手続きを経るべきだろう。一方的な主張を通そうとする方が悪い。外交とするならばどこかで手打ちがあるはずだ。中国側が全面的に靖国参拝反対で、日本側が全面賛成ならその中間の「分祀」を選ぶのが妥当なはず。
 だから中国側を全面的に理解しようなんてのは日本人としてやるべきことじゃない。せめて「分祀」である。

麻生氏「脱宗教法人化して分祀せよ」

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060805k0000m010145000c.html
妥当。でも脱宗教法人化しても宗教は宗教なはず。分祀は国の介入であり、厳密には政教分離に反する。そもそも脱宗教法人化するのは国。このケースを認めたら国が気にいらない宗教を脱法人化して介入できりようになっちゃう。
 合祀が国家プロジェクトならすでに憲法に違反しているが許容された。つまり靖国は例外化しており脱法人化する必要はない。脱法人化は他の宗教に影響がでるから止めるべきだ。

安倍晋三は硬いポピュリストか軟らかいポピュリストか?

市民の政治学―討議デモクラシーとは何か (岩波新書)

市民の政治学―討議デモクラシーとは何か (岩波新書)

しかし、このポピュリズにも軟らかいポピュリズムと硬いポピュリズムがある。前者はどちらかといえばピープルの人気に依存し、従ってピープルの影響を受ける度合いが強く、やがて自己の目的を果たさなくなるものであり、後者は強いリーダーシップの下に自分なりにつくられたイメージに従ってピープルを引っ張り、何らかの形でハートランド*1を具現化しようとするとするものである。 (市民の政治学

要するに国民に操られるタイプと操るタイプがいるということ。今後の安倍政権は要注目だ。

*1:本書によると民衆の心を呼び起こすことを目的とした想像の領域。理想でなく情緒のたまもの。「日本人の心」